シチリア島の公認日本語観光ガイドがシチリア島&南イタリアの観光や日常を綴ります。


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カテゴリ:歴史と文化、史跡、美術工芸( 21 )

シチリア・バロックの代表作品「ジェス教会」(パレルモ)

パレルモ旧市街、バラロー市場近くにあるジェス教会。パレルモの市民からは「カーサ・プロフェッサ」という名前のほうが一般的に知られている大きな教会です。「ジェス」とは「イエス」のことですが、これはイエズス会の教会です。

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1549年パレルモにやってきたイエズス会ですが、この時代のシチリア島の党首であるドン・フアン・デ・ベルガの手厚い保護のもと短期間に急成長を遂げ、パレルモ旧市街にはイエズス会が建造した多くの修道院や神学校があります。

この教会はその中でも最もゴージャスなもの。シチリア・バロックを代表作品のひとつです。まあ、外観だけを見ると質素で何が「ゴージャス」なのかわからん…という人も多いとは思いますが、外と内のギャップがこの教会のウリです(笑)
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じゃじゃじゃーん(音楽)! 隙間がないくらいの漆喰装飾と色大理石、それにフレスコ画もびっしり。一歩中に入ると思わず口を ぽかーん と開けてしまう人が多いです(大笑)。漆喰装飾は1600~1700年代の人気職人セルポッタ一族とその工房が担当し、内部にはピエトロ・ノベッリやイニャツッィオ・マラビッティーなどシチリアのバロックを代表する巨匠の作品も多くあります。

シチリア・バロックの教会建築を「さわりだけちょっと」見ておきたいという時には極端な話、この教会ひとつ見ればOKですね。美術館に行く手間も省けます。

クワトロカンティーやプレトリア広場からも近く、観光のアクセスも良い教会です。(入場料要)

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by noranekosicilia | 2018-05-03 14:31 | 歴史と文化、史跡、美術工芸

永遠の美を伝えるランドリーナのビーナス像 (シラクーサ)

シラクーサの考古学博物館の目玉のひとつ「ランドリーナのヴィーナス」。1804年に出土した際の考古学者サベリオ・ランドリーナの名前で呼ばれているヴィーナス像です。
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彫像は2世紀くらいの作品とされています。当時のシラクーサはローマ時代。この時代はギリシャ彫刻のコピーがほとんどですが、この「水浴びをする前のヴィーナス」というテーマは一時期ブームがあったようで、アテネやローマ、アポリ等多くの博物館保存されています。「ビーナスの誕生」という説もありますが、顔が発見されていないので、はっきりとしたテーマはわかっていません。(ビーナスの誕生は通常、濡れ髪なんです)

ランドリーナのビーナスは紀元前2世紀頃にシラクーサに存在したアフロディテ(ヴィーナス)神殿に奉納されていた女神像のコピーではないかといわれています。オリジナルのこのアフロディテ像は見つかっていませんが、その像に関するとても興味深いお話が…

当時町で行われた美人コンテストに出場した二人の美人姉妹。結局優勝したのは姉でしたが、審査員長はこの姉に恋をして後に結婚。落選(?)した妹もその審査員長の弟と結婚してメデタシ、メデタシ…となったことから、この姉妹がアフロディテ(ビーナス)に感謝するためこの像をギリシャより発注して神殿に奉納したという伝説があります。

まあ、当時の審査員長がどんな人だったかはわかりませんが、そういうイベントで審査員を務めるくらいだからかなりの「玉の輿」に乗ったのでしょう。昨今変わらず美しい女性は玉の輿に乗れる可能性が高かったんですね。

19世紀のフランスの詩人モーパッサンもシラクーサを訪れた際にランドリーナのビーナスを鑑賞し「モナリザ」のようなミステリアスな美がある と絶賛しています。

いつの時代にも女性の憧れである「永遠の美しさ」…古代の人たちもそれを称賛したんでしょうね。

シラクーサの考古学博物館は9時~18時までお昼休みなくオープン(日曜祝日は13時まで)。月曜日は休館です。
考古学公園とセットになった入場券がお得です!

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by noranekosicilia | 2018-04-24 00:32 | 歴史と文化、史跡、美術工芸

復活祭特集 ピアナ・デリ・アルバネーゼの民族衣装パレード

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復活祭(イタリア語でパスクワ)はカトリック教にとってクリスマスと同じくらい重要なお祭り。
復活祭の日曜日前の一週間は聖週間と呼ばれ、多くの町や村ではキリストの生涯をテーマにした聖像やマリア像などが教会から担ぎ出され、プロセッション(聖体聖行進)が行われます。

古くから異教徒や外国人を受け入れた歴史をもつシチリア島は復活祭もユニークなものが多いのです。

パレルモから車で約40分、標高約740mの山中に位置する村「ピアナ・デリ・アルバネーゼ(Piana degli Albanesi)」。日本語で訳せば「アルバニア人の地」という意味ですが、ここは中世期にアルバニアからの植民によって誕生した村です。

この村は今でもイタリア語の他にアルバニア語を話す人が多く、村の表示もところどころ、アルバニア語です

そんな村人の宗教は東方ギリシャ正教。よくロシアや東ヨーロッパに見られるものですが、復活祭はやはりとても重要な行事です。

この日の午前中村、村人がサン・デメトリオ大聖堂に集まり、東方ギリシャ正教式のミサが行われます。なんといっても素晴しいのはミサにやってくる村人たちの民族衣装なんです!
特に女性の民族衣装は赤や緑など色とりどりのスカートに金糸で繊細な刺繍が入れられ、同様のベールやエプロン、アンティークなジュエリーなど、目を見張るものばかり。この民族衣装はアルバニアと同様なもので、この地域だけに伝わるものだそうです。日本の着物のように大変高価なものばかりで、おばあさんからお母さんへ、そして娘へと代々受け継げられるのです。

これだけでも十分見ごたえがあるのですが、12時頃ミサが終了すると民族衣装の女性たちが、大聖堂前の大通りを行進しながら通りの人々に「赤い卵」を配る行事がこの村の素晴らしいメインイベント…美しい民族衣装に高価な宝飾を身に着けた女性たちのパレードはヨーロッパ内では有名で、現在は多くの外国人観光客もこれを見るために訪れます。

復活祭当日のミサは10時30分くらいから始まりますが、その1時間前くらいに行くのがおススメ。多くの村人達が民族衣装を纏い和やかに集う風景はとてもフォトジェニックです。

当日は祝日でパレルモからのバスの便などがないので、この村へはレンタカーかパレルモからの専用車手配が必要です。

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by noranekosicilia | 2018-03-25 07:31 | 歴史と文化、史跡、美術工芸

アグリジェント神殿の谷のテラモンは外国人もいたのだ!

アグリジェントの考古学博物館には神殿の谷から出土した遺跡が多く展示されていますが、やっぱり一番有名なのはこれでしょうね。
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ゼウス神殿を飾っていた「テラモン」と呼ばれる巨人の像。全長は7メートル以上ある巨大な遺跡です。

ちなみにゼウス神殿は現存していれば世界一大きな神殿だったそうですので、この大きさ頷けますね。

ところでこのテラモン、顔が3種類あるんです。「古代ギリシャ人は既にこれらの人種と交流があり、存在を知っていたのだ」という面白い説があるのです。
その3人種とは…
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1番 ヨーロッパのお方
そういえばギリシャ風な丹精な目鼻立ちをされております。
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2番 アフリカからのお方
ちょっとお猿さんぽいお顔…鼻ペチャで愛嬌があるのはアフリカ大陸との交流があっからでしょうか…
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3番 アジアからのお方
アジアといってもトルコ近くの小アジア系かもしれませんね。どことなく大仏さんを彷彿させる切れ目とお口が…

どうです、確かに3種の顔の特徴が違いますよね。
この神殿が作られたのは紀元前5世紀…そんな気が遠くなるような時代にすでに外国との接触があったアグリジェント…ちょっとすごいな~ って思いました。


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by noranekosicilia | 2018-03-23 07:22 | 歴史と文化、史跡、美術工芸

18世紀の「モンスターハウス」パラゴニア邸

パレルモから車で東方向に約30分、隣町のバゲリアに到着。ここは1700年代にパレルモの貴族達が建てたヴィッラ(庭園つきの田舎邸宅)が多く残っています。

その中でも奇抜さで一番有名なのがパラゴニア邸(Villa Palagonia)。18世紀にパラゴニア王子とその子孫により完成されました。
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このお邸は奇妙な装飾があることから別名「モンスター・ハウス」と呼ばれ、当時多くのVIPがここを見学にやってきています。ちなみにドイツの詩人ゲーテもその1人。
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その奇妙な装飾というのが、これ。邸をとりまく壁の上にあるブキミな彫刻群です。
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ライオンと羊かしらん…なんとなく顔が人間ぽっくて奇妙ですね…
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ここまでいくと、もう何の動物だかわかりません。やっぱ「モンスター」一言で片付けてしまいましょう。
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モンスター群は大きく分けて音楽家達と紳士淑女そして動物モンスター系があります。これは音楽家グループ。奏でられる楽器が聞こえてきそう…
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紳士淑女はアーチの上にびっしりと結集し、こちらを伺っているようです。ここ、深夜の肝試しによいかもしれません。(笑)
パラゴニア邸は現在も私邸ですが、一般公開されています。午前9時~13時、午後は16時~19時ですが11月より午後の観光時間は変更予定。(入場料要)

パレルモから列車も出ていますが、専用車を利用すればパレルモからソルント遺跡と抱き合わせで半日日帰りまたはチファルーとあわせて終日観光などが可能です。


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by noranekosicilia | 2016-10-04 03:46 | 歴史と文化、史跡、美術工芸

パレルモ大聖堂内の日差し時計、200年の「時ズレ」

パレルモの大聖堂内にある「日差し時計」。1781年から始まった大聖堂内の改装の一環として1801年に設置されました。
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このころはまだ「時間」というものが確実に統一されていなかった時代。いうなればみんな各々の「腹時計」で動いていた時代です。
だから当時の大司教さんが、大聖堂内に誰でもわかりやすく季節と時間を示すアイテムを作ることで「時間」の共有と統一を試みたというわけでした。
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正午になると、この小さな穴から光が差し込み、大聖堂内の金属線上にある部分を示すようになってます。日差し時計の横には12正座の装飾がされ、それぞれの季節マークに近い線上に日が差し込む仕掛けです。
これを設計したのは当時のパレルモの天文学者。天文観測所の所長を務め、彗星も発見した学者です。
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しかしながら、200年間の時には勝てず、現在はちょこ~っとズレて光が差し込んでしまいます。これは今年2016年撮影。
太陽系の運行経路が少しずつ変化していくことを目の当たりに感じられる決定的瞬間でした。

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by noranekosicilia | 2016-09-08 19:08 | 歴史と文化、史跡、美術工芸

忘れ去られた都市「ソルント」

久々にソルント遺跡へ行ってきました。パレルモから車で僅か40分少々で到着できる観光地ですが、いわゆる「シチリア島の黄金観光」ルートからは外れていることや、観光設備が乏しいためあまり出向くことは無い場所のひとつです。
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どうですか、この見晴らしの良さ!標高150~200mくらいの丘の上に遺跡が広がっています。
ソルントの存在はギリシャの歴史家トゥチディデスによって記述されていることから、紀元前5世紀くらいには既に町は存在していたようです。当時はパレルモ、モッチアと並ぶフェニキア人の3代拠点だったそうです。

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ザフラーノ岬も一望できるまるで自然の展望台のようです。フェニキア人達はここを通る船の監視・警備を考慮して街づくりをしたそうです。車もない昔になんと不便な…と思いますが、昔は防御のためにこんな高い場所に町を作るのがアタリマエだったのですよね。
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現在残っている遺跡は紀元前3世紀~紀元1、2世紀くらいのもの。時はローマ時代(ヘレニズム期)でした。
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「ジムナシウム」と呼ばれる施設の跡。今のスポーツジムの語源になった施設ですね。実際はこのあたりでジムナシウムは発見されていませんが、この付近から出てきた碑文に「アポロンのギムナシウム」と刻まれていたためにこう呼ばれています。
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しっかし、だ~れもいませんでしたね。観光シーズンにこんなに静かな場所があるんです。ティレニア海から吹く風は強く、でも荒涼とした遺跡にはピッタリな感じでした。

ソルント遺跡はパレルモから近いのですが、公共交通機関はありません。車必須ですので、パレルモからの専用車を予約するのが一番です。
パレルモから日本語ガイドつきでバゲリアやチェファルーと一緒に回るのもいいですね。


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by noranekosicilia | 2016-08-26 07:00 | 歴史と文化、史跡、美術工芸

パレルモ、パラティーナ礼拝堂の文化的コントラスト

パレルモ、ノルマン宮殿内にあるパラティーナ礼拝堂(Capella Palatina)は、1132年シチリア王国初代の王となったルッジェーロ2世によって建てられました。

シチリア王国の首都パレルモには当時、イスラム教徒であるアラブ人、ギリシャ正教徒のビザンチン(現トルコ、ギリシャ)からやってきた人そしてカトリック教徒のラテン人が混在していました。

この宗教も言語も違う人種によって作り上げられたのが、パラティーナ礼拝堂なのです。
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天井部がエジプト出身のアラブ人、それを支えるモザイク装飾はビザンチンからきた職人達です。
まさにイスラム技術とビザンチン美術の美しき融合です。

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天井は「ムカルナス」と呼ばれる手法。12世紀当時では最高の技術を誇ったファティマ朝からの芸術家が作り上げました。それぞれに彩色豊かに絵がかかれています。華や植物、動物、アラビア語から、半裸の踊りを踊っている女性などをモチーフにしていますが、イスラム教徒からはタブー視されている題材も多く、遠くからは単なる色の波としかみえないようにされているのです。

パラティーナ礼拝堂は1月1日、復活祭やクリスマスなど特別な祝日以外はほぼ毎日見学可能ですが、日曜と祝日は午前中、さらにミサなどもあるために見学時間は限られます。
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by noranekosicilia | 2015-01-22 04:39 | 歴史と文化、史跡、美術工芸

ピアツッア・アルメリーナ「カザレ荘」

久しぶりにピアツッア・アルメリーナにある「カザレ荘」を訪れました。すっかり改装も終了し、新しく生まれ変わった感があります。
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カザレ荘(VILLA ROMANA DEL CASALE)は、紀元4世紀頃建設のローマ時代の大豪邸。それ以前にあった田舎屋敷の敷地上に建設されたそう。

お屋敷の持ち主は断定されていないのですが、ローマ執政官または皇帝の「夏の別荘」だったとか…当時、この地を掌握していたのはマキシミリアヌス帝。やっぱ、皇帝のほうがネームバリューもファンタジーもありそうだから、私もマキシミニアヌス皇帝の所有物説 を支持してます(ミーハーですみません 笑)。

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カザレ荘の見所はなんといっても床のモザイク装飾!1161年の地すべりですっかり土砂に埋まってしまったこの建物は、そのおかげでモザイクの保存状態がとてもよいのです。42色の石で装飾されたモザイク床は63室。3500平方メートルの描写面積となり、当時の生活形態を知る貴重な資料のひとつでもあります。

では、その一部を…

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「小狩の部屋」。 当時のローマ市民達のレジャーのひとつであった「狩りの1日」が描写されています。

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「子供と鳥の馬車競技」 ローマ市民達の大好きなスポーツ競技のひとつでした。今ではすっかりサッカーと変ってしまいましたが…このお部屋は子供部屋だったそうで、そのため馬でなく鳥が競技してます。

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見学メインの場所「大きな狩の大廊下」にあるモザイク一部。廊下の全長は59メートル以上もあります。
当時のビジネスとしての「狩り」の模様。アフリカなどで生け捕りにされた動物達は船に乗せられ、シチリアを経由し本国ローマへ輸送され、コロセオでの戦闘ショーに使用されました。

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そしてカザレ荘で最も有名なモザイクのひとつ 「ビキニ女性達の部屋」。当時から、ビキニはあんまり変化してないですね~。ビキニ姿の彼女達は当時のオリンピック競技となっていた5種競技 (球技、陸上競技など)を練習しているところだそうです。

この他にも「愛の部屋」、「ヘラクレスの横臥食堂」など様々な美しいモザイク見学で大満足ですが、より感動的なのは…

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遺跡に触れられること です!紀元4世紀のモザイクの上を実際に歩いたり、建物に腰をかけたり…
う~ん、これでさらに当時に思いをよせられる というもの…

1997年よりユネスコの世界遺産として登録されたカザレ荘。遺跡までのアクセスはあまりよくないので、効率のよい観光にはパレルモまたはアグリジェント~タオルミナやシラクーサに移動する際、専用車利用での立ち寄り観光が最もオススメです。

観光つき長距離送迎
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by noranekosicilia | 2013-09-17 17:07 | 歴史と文化、史跡、美術工芸

「コッポラ」はシチリア男性の象徴!

コッポラ(Coppola)って知ってますか? そう、あの有名な「ゴッドファーザー」の監督FFコッポラ…って違う違う!
実はシチリア男性象徴するくらいシチリアを代表する男性用つば付きベレー帽なのです。
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ベレー帽は1700年頃にイギリスから普及しました。それまでの帽子は貴族専用。つばつきの多きなものだったのですが、簡単に折りたたみできて、形も変形しないという利便性から、あっという間にヨーロッパ中の庶民に広がったのです。
現在のシチリアのコッポラは1800年ごろから。最初は貴族のおかかえ運転手の制帽のひとつだったため、帽子が風で飛ばないように としっかりと頭にのせるための工夫がされたのです。このときにコッポラの典型的な特徴である小さな鍔もつけられたのだとか。

さらに実用的な帽子になったコッポラはあっという間にシチリア島民の「作業用帽子」として普及し、さらにはお葬式の際には男性が黒色のコッポラをかぶるということが多くの村での習慣となっていったのです。

このことがアメリカ映画なんかにも取り上げられてからは、コッポラはマフイアを代表する帽子となったのですが、そういう意味でもシチリア島の男性を代表する帽子なのです。

最近ではファッションとしての部分が強くなり、女性用もでてきました。(私も持ってます!)様々な色や形があります。これは、ドルチェ&ガバーノのモデル達。ちなみにドルチェはシチリア島出身です。
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パレルモ市内にはコッポラ専門店なんかもあります。
シチリア島を代表するコッポラ、あなたのファッションセンス次第でコーディネートでき、お土産にもよさそうですね。
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by noranekosicilia | 2011-02-21 19:46 | 歴史と文化、史跡、美術工芸

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