シチリア島の日本語ガイドが発信する観光情報と日常のつぶやき。


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カテゴリ:歴史と文化、史跡、美術工芸( 18 )

18世紀の「モンスターハウス」パラゴニア邸

パレルモから車で東方向に約30分、隣町のバゲリアに到着。ここは1700年代にパレルモの貴族達が建てたヴィッラ(庭園つきの田舎邸宅)が多く残っています。

その中でも奇抜さで一番有名なのがパラゴニア邸(Villa Palagonia)。18世紀にパラゴニア王子とその子孫により完成されました。
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このお邸は奇妙な装飾があることから別名「モンスター・ハウス」と呼ばれ、当時多くのVIPがここを見学にやってきています。ちなみにドイツの詩人ゲーテもその1人。
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その奇妙な装飾というのが、これ。邸をとりまく壁の上にあるブキミな彫刻群です。
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ライオンと羊かしらん…なんとなく顔が人間ぽっくて奇妙ですね…
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ここまでいくと、もう何の動物だかわかりません。やっぱ「モンスター」一言で片付けてしまいましょう。
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モンスター群は大きく分けて音楽家達と紳士淑女そして動物モンスター系があります。これは音楽家グループ。奏でられる楽器が聞こえてきそう…
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紳士淑女はアーチの上にびっしりと結集し、こちらを伺っているようです。ここ、深夜の肝試しによいかもしれません。(笑)
パラゴニア邸は現在も私邸ですが、一般公開されています。午前9時~13時、午後は16時~19時ですが11月より午後の観光時間は変更予定。(入場料要)

パレルモから列車も出ていますが、専用車を利用すればパレルモからソルント遺跡と抱き合わせで半日日帰りまたはチファルーとあわせて終日観光などが可能です。


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by noranekosicilia | 2016-10-04 03:46 | 歴史と文化、史跡、美術工芸

パレルモ大聖堂内の日差し時計、200年の「時ズレ」

パレルモの大聖堂内にある「日差し時計」。1781年から始まった大聖堂内の改装の一環として1801年に設置されました。
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このころはまだ「時間」というものが確実に統一されていなかった時代。いうなればみんな各々の「腹時計」で動いていた時代です。
だから当時の大司教さんが、大聖堂内に誰でもわかりやすく季節と時間を示すアイテムを作ることで「時間」の共有と統一を試みたというわけでした。
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正午になると、この小さな穴から光が差し込み、大聖堂内の金属線上にある部分を示すようになってます。日差し時計の横には12正座の装飾がされ、それぞれの季節マークに近い線上に日が差し込む仕掛けです。
これを設計したのは当時のパレルモの天文学者。天文観測所の所長を務め、彗星も発見した学者です。
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しかしながら、200年間の時には勝てず、現在はちょこ~っとズレて光が差し込んでしまいます。これは今年2016年撮影。
太陽系の運行経路が少しずつ変化していくことを目の当たりに感じられる決定的瞬間でした。

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by noranekosicilia | 2016-09-08 19:08 | 歴史と文化、史跡、美術工芸

忘れ去られた都市「ソルント」

久々にソルント遺跡へ行ってきました。パレルモから車で僅か40分少々で到着できる観光地ですが、いわゆる「シチリア島の黄金観光」ルートからは外れていることや、観光設備が乏しいためあまり出向くことは無い場所のひとつです。
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どうですか、この見晴らしの良さ!標高150~200mくらいの丘の上に遺跡が広がっています。
ソルントの存在はギリシャの歴史家トゥチディデスによって記述されていることから、紀元前5世紀くらいには既に町は存在していたようです。当時はパレルモ、モッチアと並ぶフェニキア人の3代拠点だったそうです。

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ザフラーノ岬も一望できるまるで自然の展望台のようです。フェニキア人達はここを通る船の監視・警備を考慮して街づくりをしたそうです。車もない昔になんと不便な…と思いますが、昔は防御のためにこんな高い場所に町を作るのがアタリマエだったのですよね。
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現在残っている遺跡は紀元前3世紀~紀元1、2世紀くらいのもの。時はローマ時代(ヘレニズム期)でした。
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「ジムナシウム」と呼ばれる施設の跡。今のスポーツジムの語源になった施設ですね。実際はこのあたりでジムナシウムは発見されていませんが、この付近から出てきた碑文に「アポロンのギムナシウム」と刻まれていたためにこう呼ばれています。
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しっかし、だ~れもいませんでしたね。観光シーズンにこんなに静かな場所があるんです。ティレニア海から吹く風は強く、でも荒涼とした遺跡にはピッタリな感じでした。

ソルント遺跡はパレルモから近いのですが、公共交通機関はありません。車必須ですので、パレルモからの専用車を予約するのが一番です。
パレルモから日本語ガイドつきでバゲリアやチェファルーと一緒に回るのもいいですね。


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by noranekosicilia | 2016-08-26 07:00 | 歴史と文化、史跡、美術工芸

パレルモ、パラティーナ礼拝堂の文化的コントラスト

パレルモ、ノルマン宮殿内にあるパラティーナ礼拝堂(Capella Palatina)は、1132年シチリア王国初代の王となったルッジェーロ2世によって建てられました。

シチリア王国の首都パレルモには当時、イスラム教徒であるアラブ人、ギリシャ正教徒のビザンチン(現トルコ、ギリシャ)からやってきた人そしてカトリック教徒のラテン人が混在していました。

この宗教も言語も違う人種によって作り上げられたのが、パラティーナ礼拝堂なのです。
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天井部がエジプト出身のアラブ人、それを支えるモザイク装飾はビザンチンからきた職人達です。
まさにイスラム技術とビザンチン美術の美しき融合です。

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天井は「ムカルナス」と呼ばれる手法。12世紀当時では最高の技術を誇ったファティマ朝からの芸術家が作り上げました。それぞれに彩色豊かに絵がかかれています。華や植物、動物、アラビア語から、半裸の踊りを踊っている女性などをモチーフにしていますが、イスラム教徒からはタブー視されている題材も多く、遠くからは単なる色の波としかみえないようにされているのです。

パラティーナ礼拝堂は1月1日、復活祭やクリスマスなど特別な祝日以外はほぼ毎日見学可能ですが、日曜と祝日は午前中、さらにミサなどもあるために見学時間は限られます。
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by noranekosicilia | 2015-01-22 04:39 | 歴史と文化、史跡、美術工芸

ピアツッア・アルメリーナ「カザレ荘」

久しぶりにピアツッア・アルメリーナにある「カザレ荘」を訪れました。すっかり改装も終了し、新しく生まれ変わった感があります。
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カザレ荘(VILLA ROMANA DEL CASALE)は、紀元4世紀頃建設のローマ時代の大豪邸。それ以前にあった田舎屋敷の敷地上に建設されたそう。

お屋敷の持ち主は断定されていないのですが、ローマ執政官または皇帝の「夏の別荘」だったとか…当時、この地を掌握していたのはマキシミリアヌス帝。やっぱ、皇帝のほうがネームバリューもファンタジーもありそうだから、私もマキシミニアヌス皇帝の所有物説 を支持してます(ミーハーですみません 笑)。

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カザレ荘の見所はなんといっても床のモザイク装飾!1161年の地すべりですっかり土砂に埋まってしまったこの建物は、そのおかげでモザイクの保存状態がとてもよいのです。42色の石で装飾されたモザイク床は63室。3500平方メートルの描写面積となり、当時の生活形態を知る貴重な資料のひとつでもあります。

では、その一部を…

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「小狩の部屋」。 当時のローマ市民達のレジャーのひとつであった「狩りの1日」が描写されています。

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「子供と鳥の馬車競技」 ローマ市民達の大好きなスポーツ競技のひとつでした。今ではすっかりサッカーと変ってしまいましたが…このお部屋は子供部屋だったそうで、そのため馬でなく鳥が競技してます。

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見学メインの場所「大きな狩の大廊下」にあるモザイク一部。廊下の全長は59メートル以上もあります。
当時のビジネスとしての「狩り」の模様。アフリカなどで生け捕りにされた動物達は船に乗せられ、シチリアを経由し本国ローマへ輸送され、コロセオでの戦闘ショーに使用されました。

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そしてカザレ荘で最も有名なモザイクのひとつ 「ビキニ女性達の部屋」。当時から、ビキニはあんまり変化してないですね~。ビキニ姿の彼女達は当時のオリンピック競技となっていた5種競技 (球技、陸上競技など)を練習しているところだそうです。

この他にも「愛の部屋」、「ヘラクレスの横臥食堂」など様々な美しいモザイク見学で大満足ですが、より感動的なのは…

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遺跡に触れられること です!紀元4世紀のモザイクの上を実際に歩いたり、建物に腰をかけたり…
う~ん、これでさらに当時に思いをよせられる というもの…

1997年よりユネスコの世界遺産として登録されたカザレ荘。遺跡までのアクセスはあまりよくないので、効率のよい観光にはパレルモまたはアグリジェント~タオルミナやシラクーサに移動する際、専用車利用での立ち寄り観光が最もオススメです。

観光つき長距離送迎
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by noranekosicilia | 2013-09-17 17:07 | シチリア歴史と文化、美術、工芸

「コッポラ」はシチリア男性の象徴!

コッポラ(Coppola)って知ってますか? そう、あの有名な「ゴッドファーザー」の監督FFコッポラ…って違う違う!
実はシチリア男性象徴するくらいシチリアを代表する男性用つば付きベレー帽なのです。
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ベレー帽は1700年頃にイギリスから普及しました。それまでの帽子は貴族専用。つばつきの多きなものだったのですが、簡単に折りたたみできて、形も変形しないという利便性から、あっという間にヨーロッパ中の庶民に広がったのです。
現在のシチリアのコッポラは1800年ごろから。最初は貴族のおかかえ運転手の制帽のひとつだったため、帽子が風で飛ばないように としっかりと頭にのせるための工夫がされたのです。このときにコッポラの典型的な特徴である小さな鍔もつけられたのだとか。

さらに実用的な帽子になったコッポラはあっという間にシチリア島民の「作業用帽子」として普及し、さらにはお葬式の際には男性が黒色のコッポラをかぶるということが多くの村での習慣となっていったのです。

このことがアメリカ映画なんかにも取り上げられてからは、コッポラはマフイアを代表する帽子となったのですが、そういう意味でもシチリア島の男性を代表する帽子なのです。

最近ではファッションとしての部分が強くなり、女性用もでてきました。(私も持ってます!)様々な色や形があります。これは、ドルチェ&ガバーノのモデル達。ちなみにドルチェはシチリア島出身です。
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パレルモ市内にはコッポラ専門店なんかもあります。
シチリア島を代表するコッポラ、あなたのファッションセンス次第でコーディネートでき、お土産にもよさそうですね。
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by noranekosicilia | 2011-02-21 19:46 | 歴史と文化、史跡、美術工芸

トラパニの塩田博物館

トラパニにある塩田博物館。このあたりはパチェーコというわれる地域ですが、有名なトラパニの塩田が広がる場所です。
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塩の生産はそれはもう大昔から行われていたそうですが、塩田の存在はノルマン時代くらいからだそう。(アラブ人の地理学者Al IDRISIの書類より)
アラゴン時代にこの地区で産業としての塩の生産が始まったそう。
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塩田博物館の内部。昔ながらの塩の生産に使用された器具などが展示。
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夏は実際に塩の採取も見られます。

塩田博物館は一年中見学可能ですが、冬場は閉鎖されていることもあります。
塩田博物館を見学をした後、マルサラワイナリーを見学、試飲する1日コースなども手配可能です。

詳細
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by noranekosicilia | 2011-02-07 21:03 | 歴史と文化、史跡、美術工芸

12月13日は「クチーア」と「アランチーニ」を食べます

本日12月13日は「聖女ルチアの日」。3世紀ぐらのシラクーサで生まれた女性、キリスト教を信仰して殉教したとされます。
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この日、シラクーサのオルティジャ島では町で一番重要な宗教行事が催され、大聖堂からルチアの聖骨が入った純銀の聖像が町を練り歩くのです。

まあ、仰々しい宗教イベントや伝統はそっちのけで、庶民習慣に目をやりますと、この日はパンやパスタを食べない日なのです。んで、代わりに食べられるのがお米や麦なのですが、パレルモで代表的なのはアランチーナとパネッレ。パレルモではこの日、アランチーナが飛ぶように売れます。
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それからもうひとつ、この日だけに食べられるものは「クチーア」!茹でた大麦です。小粒を意味する方言(コッチュ)からこう呼ばれるそうですが、シチリアだけの方言みたいですね。

17世紀に大飢饉に襲われたシチリア島の人々が聖女ルチアの日に救いを求めたところ、麦を積んだ船がパレルモ、トラパニ、シラクーサに寄航したそうです。飢餓状態の人々はそれを挽いたりする時間も惜しんでそのまま茹でて食べてしまった というのがこのクーチアの習慣にまつわる歴史。

とにかくシチリア島では本日、茹でた麦を様々な方法で食べるのです。パレルモではこれ!
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リコッタクリームとあえて、チョコチップをまぶしたもの。このほかにもレモンクリームやチョコクリーム、さっぱりとワインとシナモンで煮ただけのものなどシチリアの各地方によりいろいろです。

飢餓から始まったクチーアですが、今ではすっかり「お菓子」として定着。12月13日のみの特別メニューとしても登場したりしてます。
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by noranekosicilia | 2010-12-13 21:51 | 歴史と文化、史跡、美術工芸

シチリア島もお彼岸の季節です!

本日11月1日は「トゥッティ・サンティ(聖人)の日」翌日2日の「コメモラツィオーネ・デフンティ(先祖を回想する日)」と並んでイタリアではお彼岸です。

もともとキリスト教の週間で、ローマ法典では11月2日、他の法典では11月1日。イタリアではなぜか11月1日が祝日となっております。

この日の習慣は、まず墓地へ足を運び、ご先祖のお墓に花を添え、祈りをささげて回想する ということ。そしてその後は家族で集まって食事会ってとこですね。 まあ、日本のお彼岸とあまり変わりません。所変わっても人間のすることは同じのよう。

日本のお彼岸の時期にも落雁など伝統的なお菓子があるのと同じく、こちらでも各地でこの時期ならでの「お彼岸菓子あります。
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シチリア島はこれ!フルッタ・ディ・マルトラーナ。マジパンです。この時期は絶対バールで見かけるものです。

そして、この日、子供達には「先祖から送られる」という触れ込みでオモチャがプレゼントされます。どうも、これはシチリアならでは のしきたりのよう。

その昔はオモチャの代わりに「プパチェーナ」という砂糖で作られた人形がプレゼントされたそうですが、現代の子供達はプレイステーションに勝てるものはなさそう…砂糖人形も見かける所は少なくなりました。もうすっかり脇役です。

この期間の夜はなくなった人々の魂が家族のところに戻ってくるという言い伝えがあり、お墓に靴を残す習慣もあるそう…幽霊って足あるのかなー

ともあれ、先人の魂を敬うこの日、テクノロジーの発達とグローバル化の波に負けずこれからも大切に守っていきたい微笑ましい習慣のひとつですね。
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by noranekosicilia | 2010-11-01 09:42 | 歴史と文化、史跡、美術工芸

パレルモの人気聖人ナンバー1!聖女ロサリア

ご存知のようにイタリアはカトリックの国。マリア様信仰は根強く生活に浸透しています。

パレルモで一番(たぶんマリア様と並ぶくらい)人気のある女性。それがサントゥッツアの愛称で知られるパレルモの守護聖女ロサリアです。
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本命ロサリア・シニバルド。1128年にパレルモでノルマン王家の血縁であるシニバルド伯爵家の娘として誕生したといわれます。伝説では彼女の誕生前に当時の王様グリエルモ2世と王妃マルゲリータが夕焼けを眺めていた際、「近親にトゲのないバラ(ROSA)が誕生するであろう」という神託が下ったとされてます。彼女の名前「ロサリアROSALIA」はこれに由来するそうですが…

幼いころからノルマン王家に仕えましたが王の求婚を断り出家。修道院に入りましたが、親族の訪問などが多く、その後は父親の領地にあった洞窟内で隠遁生活を送りました。しかしまもなくこの洞窟も彼女を慕う人々の訪問や巡礼が重なったため、さならる僻地を求めたどり着いたのが現在のペレグリーノ山といわれています。1165年9月4日、この山の洞窟で彼女の遺体を巡礼者の1人が発見しました。

時とともに忘れ去られたロサリアですが1600年代、ペレグリーノ山に迷い込んだ猟師の枕元に姿を現し、自分の骨のありかを告げたといわれます。

当時、パレルモはペストが流行していて、彼女はこの猟師が彼自身もペストで亡くなるであろうということも告げました。その言葉通りに人生の終焉を迎える直前、この猟師は神父にこの経験を伝え、1624年、彼女の聖骨を運び最初のプロセッションが行われるのです。その後、ペストが治まったため、ロサリアはパレルモペストから救った聖人として祭られるようになりました。

現在も7月14日、15日パレルモではこの奇跡を回想したプロセッションが行われます。
ウ・フェスティーノと呼ばれるこのお祭りはパレルモでは一番熱狂的は宗教行事のひとつです。
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by noranekosicilia | 2010-05-18 00:21 | 歴史と文化、史跡、美術工芸

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